大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)292号 判決

事実及び理由

1  請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の審決取消事由の存否について判断する。

(一)  原告は、本願考案は、全周爪の爪車を有する二つのばねクラツチと、これら二つのばねクラツチに交互に係脱する一つのばねクラツチ制御レバーとの組合わせを考案の構成に欠くことのできない事項とするものであると主張する。

しかしながら、成立に争いのない甲第二号証によれば、本願考案は、実用新案登録請求の範囲の記載(この記載自体については、当事者間に争いがない)からして、「給紙ローラに駆動源の駆動を断続するための第一のばねクラツチと、搬送ローラに駆動源の駆動を断続するための第二のばねクラツチと、第一及び第二のばねクラツチの断続を交互に変換するため、第一のばねクラツチを作用させるときは第二のばねクラツチを作用させず、第二のばねクラツチを作用させるときは第一のばねクラツチを作用させないように、第一のばねクラツチと第二のばねクラツチを交互に作用させるためのばねクラツチ制御レバーとを有する」ものであつて、第一、第二の二つのばねクラツチが全周爪の爪車を有するものには限定されていない。

前掲甲第二号証によれば、本願考案の明細書に相当する実用新案公報の考案の詳細な説明には、図面(別紙図面(一))に示す実施例についての具体的な説明として、「ばねクラツチ13は歯車11、ラダーホイール14の隣り合う同径のボス111、141の外面にその径より僅かに大きい巻内径のコイルばね19が巻かれ、その外周にシフトリング20を緩く嵌合し、コイルばね19の一端191をシフトリング20に係止させる。シフトリング20の外周面に爪車21を設け、これに近接してシフト爪22′、22′′を設ける。」(同公報第三欄第五行ないし第一二行)、「シフト爪22′′が爪車21に係止してシフトリング20を停止させると、コイルばね19に対して歯車11のボス111はスリツプして回転し、ラダーホイール14には伝動しない。」(同欄第二一行ないし第二四行)、「第1ないし第5図の場合は給紙ローラ2と紙送りローラ5とが、その一方の回転中他方は停止する機構であるから、ばねクラツチ13、17を隣り合つて設けてその間に両端にシフト爪22′、22′′を形成したレバー26を配置し、シフト爪22′、22′′を交互に爪車21に作動させる構成である。」(同欄第三三行ないし第三九行)と記載され、別紙図面(一)の第2図、第3図に全周爪の爪車21が図示されていることが認められるが、本願考案の実用新案登録請求の範囲には、二つのばねクラツチが全周爪の爪車を有することを要件とする記載のないことは、前述のとおりであり、前記考案の詳細な説明には、本願考案の目的について、本願考案は、ばねクラツチを利用して従来技術の欠点(ローラの動力伝達手段として用いられてきた歯車クラツチ・摩擦クラツチ・電磁クラツチ等では、切換及びその切換位置保持に要する力が大であり、大形になる傾向があること)を除くことを目的とする(第二欄第三行ないし第一一行)ものであり、その構成について、「給紙ローラと搬送ローラの駆動タイミングの切換えを交互に行うために両ローラと駆動源との間にそれぞれ第一及び第二のばねクラツチを配設し、それらを制御するばねクラツチ制御レバーにより、ほぼ同時的に駆動のタイミングを切換えるものである。」(同欄第一六行ないし第二一行)と記載されているのみで、これらの記載からも二つのばねクラツチが全周爪の爪車を有するものに限定される理由は見出せない。したがつて、本願考案は、二つのばねクラツチの一方は駆動源からの動力を給紙ローラへ伝達・遮断するため、他方は駆動源からの動力を搬送ローラへ伝達・遮断するため、それぞれ配置され、これら二つのばねクラツチを交互に作用させるための制御レバーを設けた構成のものであり、前記考案の詳細な説明に記載された実施例及び図面に全周爪の爪車を有するばねクラツチが記載されているといつてもこれは実施の一例を示すにとどまるから、これを本願考案の構成に欠くことのできない事項であるとすることはできない。

原告は、ばねクラツチといえば、全周爪の爪車を有するのが通常一般であり、かつ、周知の技術的事項であると主張するが、成立に争いのない甲第五号証、第六号証によれば、本願考案の出願前にすでに販売されていたリコー電子複写機BS―2型について説明した第三引用例には、給紙機構におけるスプリングクラツチ(ばねクラツチ)として、別紙図面(四)の図9に示されているようなクラツチスリーブにクラツチレリーズレバーの爪を停止させるための溝を設け、クラツチレリーズレバーの爪がスプリングの一端に固定されたクラツチスリーブの停止溝に落込んでいる状態においては、クラツチスプリングとクラツチ胴は回転せず、プリント指令信号によりスタートソレノイドがクラツチレリーズレバーを引き、レバーの爪がスリーブの停止溝から飛び出すとクラツチスプリングが締め付けられてクラツチ胴を回転させる構成のものが示されており、かかる構成を有するばねクラツチは、本願考案の出願前に公然実施され周知のものであつたと認められるから、ばねクラツチは周知の技術からして全周爪の爪車を有するものに限定されるとする原告の主張は理由がない。

(二)  原告は、本願考案における、一つの制御レバーで二つの被駆動部材に対し駆動の断続ができ、かつ、二つの被駆動部材の駆動の断続を交互に行い、二つの被駆動部材の一方(搬送ローラ)に駆動伝達した場合に、他方(給紙ローラ)が非駆動伝達状態であるにも拘らず、搬送ローラの駆動回転で引張られるシートによつて従動が許容されシートを安全に送り出すという技術的思想は、ばねクラツチ単体自体には存しない思想であるから、第一引用例記載の摩擦クラツチを従来のばねクラツチに代替して用いるに当つて本願考案の構成を予測することは困難であると主張する。

しかしながら、成立に争いのない甲第三号証によれば、第一引用例には、本願考案と同じく、紙載置台上に載置された紙を給紙ローラで給紙した後、搬送ローラによつて紙の搬送を行う給紙装置において、「給紙ローラに駆動源の駆動を断続するための第一の摩擦クラツチと、搬送ローラに駆動源の駆動を断続するための第二の摩擦クラツチと、第一及び第二の摩擦クラツチの断続を交互に変換するため第一の摩擦クラツチを作用させるときは第二の摩擦クラツチを作用させず、第二の摩擦クラツチを作用させるときは第一の摩擦クラツチを作用させないように、第一の摩擦クラツチと第二の摩擦クラツチを交互に作用させるための摩擦クラツチ制御レバーとを有する給紙装置」が記載されていることが認められ、右の記載によれば、第一引用例記載のものは、給紙装置における給紙ローラと搬送ローラの交互の駆動伝達切換制御のための動力伝達手段として、二つの摩擦クラツチとこれら二つの摩擦クラツチを交互に作用させるための一つの摩擦クラツチ制御レバーを用いるものであることが認められる。したがつて、第一引用例記載のものは、本願考案と同じく、一つの制御レバーで二つの被駆動部材に対し駆動の断続ができ、かつ、二つの被駆動部材の駆動の断続を交互に行い、二つの被駆動部材の一方に駆動伝達した場合に、他方が非駆動伝達状態であるにも拘らず、搬送ローラの駆動回転で引張られるシートによつて従動が許容され、シートを安全に送り出すという技術的思想を備えているものに他ならない。

このように、本願考案と第一引用例記載のものとは、その要旨において、「二つのクラツチと、二つのクラツチを交互に作用させるためのクラツチ制御レバー」を給紙装置における給紙ローラと搬送ローラの交互の駆動伝達切換え制御のための動力伝達手段として用いた点で一致し、ただ、本願考案はばねクラツチを用いているため、二つのクラツチは二つのばねクラツチであり、クラツチ制御レバーはばねクラツチ制御レバーであるのに対し、第一引用例記載のものは、摩擦クラツチを用いているため、二つのクラツチは二つの摩擦クラツチであり、クラツチ制御レバーは摩擦クラツチ制御レバーである点において相違するにすぎない。そして、ばねクラツチが本願考案の出願前周知であることは原告の認めるところであるから、第一引用例記載の摩擦クラツチを従来のばねクラツチに置換して本願考案の構成を得ることには、格別の困難は認められない。

原告は、ばねクラツチと摩擦クラツチとでは、作動部材の構成上の配置、駆動伝達への切換えの仕方、一方向従動機能の有無の点で異なつており、その置換は容易でないと主張する。

しかしながら、本願考案は、その要旨において、原告の主張するような作動部材の構成に限定されるものではなく、切換えの仕方を特定しているものでもないことは、前記実用新案登録請求の範囲から明らかであり、また、一方向従動機能については、前掲甲第五号証によれば、ばねクラツチであつても、第三引用例記載のばねクラツチにおいては、オーバーランニングクラツチ(一方向クラツチ)が必要であることが認められるから、ばねクラツチであれば通常有する機能とはいえないし、この機能を有するばねクラツチと摩擦クラツチを対比しても、この機能の有無をもつて直ちに両者間の代替が容易でないとする理由とはなりえない。

(三)  原告は、本願考案は、「二つのばねクラツチと、これら二つのばねクラツチに交互に係脱する一つのばねクラツチ制御レバーとの組合わせ」を、給紙装置における給紙ローラと搬送ローラの交互の駆動伝達切換え制御のための動力伝達手段として用いることにより、原告主張の(イ)ないし(ニ)の作用効果を奏するものであつて、本願考案の構成による格別な効果も認められないとした審決の判断は誤りであると主張する。

そこで、原告主張の本願考案の奏する作用効果について逐次判断すると、まず、(イ)については、本願考案における搬送ローラと給紙ローラに対するほぼ同時的な駆動伝達タイミングとは、前記実用新案登録請求の範囲からみて、ばねクラツチ制御レバーは第一のばねクラツチを作用させるときは第二のばねクラツチを作用させず、すなわち、給紙ローラを駆動するときは搬送ローラを停止し、また、第二のばねクラツチを作用させるときは第一のばねクラツチを作用させない、すなわち、搬送ローラを駆動するときは給紙ローラを停止するように、第一のばねクラツチと第二のばねクラツチを交互に作用させる駆動伝達タイミングを意味するものと認められ、これ以外の意味を有する駆動伝達タイミングについて示唆するに足りる構成は、本願考案の実用新案登録請求の範囲には示されていない。

これに対し、第一引用例に記載されたものの構成は、前述のとおりであつて、第一引用例記載のものにおける摩擦クラツチ制御レバーが給紙ローラと搬送ローラを駆動するタイミングは、第一の摩擦クラツチを作用させるときは第二の摩擦クラツチを作用させず、第二の摩擦クラツチを作用させるときは第一の摩擦クラツチを作用させないように、第一の摩擦クラツチと第二の摩擦クラツチを交互に作用させることを意味するものと認められる。

そうであれば、ほぼ同時的な駆動伝達タイミングに関しては、本願考案と第一引用例記載のものは、いずれも制御レバーが第一のクラツチを作用させるときは第二のクラツチを作用させず、第二のクラツチを作用させるときは第一のクラツチを作用させないように、第一のクラツチと第二のクラツチを交互に作用させる点で一致し、用いられるクラツチがばねクラツチであるか摩擦クラツチであるかによりほぼ同時的な駆動伝達タイミングの技術的意義に差異はないから、本願考案と第一引用例記載のものはほぼ同時的な駆動伝達タイミングを生ずる点において同一と認めざるをえない。

原告は、本願考案の要旨とする構成が奏する効果として、搬送ローラと給紙ローラの二つの被駆動部材への駆動伝達が応答性よく行われ、ほぼ同時的な駆動伝達タイミングを簡単かつ正確に行うことができると主張するが、このことは、ばねクラツチと摩擦クラツチの構成の相違に基く当然の差異であつて第一引用例記載の摩擦クラツチに代えてばねクラツチを採用することにより通常予測される範囲のものにすぎない。

(ロ) については、動力の駆動伝達をなす際にクラツチを介在させることは技術常識であり、そのクラツチとして摩擦クラツチを用いる場合には、駆動伝達を切換えるための制御部材を動力伝達のため被駆動部材側へ押圧する必要があるのに対し、ばねクラツチを用いる場合には、ばねクラツチ部材に対してばねの緊縮、伸長を規制しうるように制御部材を係合又は離脱して動力の伝達・遮断を行うから、制御部材そのものは動力伝達と直接関係しないが、設定された位置に保持させる必要があり、このことは、クラツチの構成、作用からして当然のことであつて、クラツチとして摩擦クラツチを採用するか、ばねクラツチを採用するかによる当然の作用の相違にすぎず、本願考案の要旨とする構成により生ずる特段に顕著な効果であるということはできない。

(ハ) についても、(ロ)と同様であつて、単に摩擦クラツチとばねクラツチの構成上の相違から生ずる作用効果にすぎず、これをもつて、原告の主張する二つのばねクラツチと一つの制御レバーとの組合わせという構成から生ずる効果とすることはできない。

(ニ) については、前掲甲第二号証によれば、本願考案は、摩擦クラツチなどを給紙装置に利用する場合には、「切換及びその切換位置保持に要する力が大であり、かつ、大形になる傾向がある。」(第二欄第八行、第九行)との欠点をばねクラツチを用いることにより除去することを目的とするものと認められる。しかしながら、ばねクラツチを用いることにより軽量小型化できることは、ばねクラツチの構成、作用からみて当然予測できることであり、第一引用例記載の摩擦クラツチに代えてばねクラツチを採用することにより通常予測される範囲を出るものではない。

(ホ) については、本願考案の出願前周知のばねクラツチには、それ自体一方向従動機能を有せず、一方向クラツチを必要とするものがあることは、前述のとおりであり、一方、前掲甲第三号証によれば、第一引用例記載の摩擦クラツチの場合においても、その目的、構成からして、本願考案と同じく、搬送ローラにより搬送される紙に引きづられて給紙ローラを従動させることにより、給紙を完了させるものであることが認められるから、搬送される紙を支障なく送り出すことができるものであり、これをもつて本願考案が奏する特段に顕著な作用効果ということはできない。

したがつて、原告が本願考案の奏する作用効果として主張する(イ)ないし(ホ)の各点は、第一引用例記載のものの奏する作用効果と同一であるか、第一引用例記載の摩擦クラツチをばねクラツチに置換することにより通常予測される範囲の作用効果にすぎないから、この点に関する原告の主張は理由がない。

(四)  以上のとおりであるから、本願考案は、第一引用例及び第二引用例記載のものならびに第三引用例、第四引用例記載の本願考案の出願前日本国内において公然実施されたと認められるものに基いて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであるとした審決の判断は正当であり、審決には、原告の主張するような違法はない。

3  よつて、審決の取消を求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとする。

〔編註〕本願考案の実用新案登録請求の範囲は左のとおりである。

紙載置台上に載置された紙を給紙ローラで給紙した後、その前方に配置された搬送ローラでその紙の前進を一旦停止させて再び搬送ローラによつて紙の搬送を行う給紙装置において、

紙載置台上の紙を給紙する給紙ローラ2と、

更に紙を搬送するために該給紙ローラの前方に配置された搬送ローラ5と、

該給紙ローラに駆動源の駆動を断続するための第一のばねクラツチ13と、

該搬送ローラに駆動源の駆動を断続するための第二のばねクラツチ17と、

該第一及び第二のばねクラツチの断続を交互に変換するため該第一のばねクラツチを作用させるときは該第二のばねクラツチを作用させず、該第二のばねクラツチを作用させるときは該第一のばねクラツチを作用させないように、第一のばねクラツチと第二のばねクラツチを交互に作用させるためのばねクラツチ制御レバー26とを有することを特徴とする給紙装置。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!